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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)136号 判決 2000年6月06日

原告

株式会社タハラ

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

野島潤一

同弁理士

【B】

【C】

【D】

【E】

被告

株式会社日本製鋼所

代表者代表取締役

【F】

訴訟代理人弁護士

安田有三

同弁理士

【G】

主文

特許庁が平成9年審判第18719号事件について平成11年2月23日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「中空成形機のパリソンコントローラ」とする特許第2604076号発明(平成3年10月1日特許出願、平成9年1月29日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成9年10月29日、本件発明に係る特許の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を平成9年審判第18719号事件として審理した。被告は、この審理の過程で、本件発明の図面の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求した。特許庁は、上記審理の結果、平成11年2月23日、「訂正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年4月19日、原告に送達した。

2  本件発明の特許請求の範囲

クロスヘッド(1)のダイ(3)の吐出口(5)に設けられたコア(6)を上下動させることにより、前記吐出口(5)から押出されるパリソン(12)の肉厚を変えるようにした中空成形機のパリソンコントローラにおいて、前記クロスヘッド(1)に設けられ前記コア(6)に接続されたロッド(7)と、前記ロッド(7)の全周囲部(7b)と前記クロスヘッド(1)の内壁(1b)とが直接対向することができる状態で形成された筒状空隙部(33)と、前記ロッド(7)の上部に形成されたメスねじ部(7a)と、前記メスねじ部(7a)に螺入されたオスねじ部(20Aa)を有する回転ロッド(20A)と、前記回転ロッド(20A)にスラストベアリング(20)を介して接続された減速機(21)と、前記減速機(21)に接続されたモータ(22)と、前記スラストベアリング(20)を保持すると共に前記クロスヘッド(1)と前記減速機(21)との間に設けられたスラストベアリング保持体(30)と、前記スラストベアリング保持体(30)に設けられ前記スラストベアリング(20)を挟持する状態で形成された第1、第2空隙部(31,32)と、を備え、前記コア(6)はモータ(22)により移動させ、前記第2空隙部(32)は前記オスねじ部(20Aa)及びメスねじ部(7a)の外周位置に対応して形成されていることを特徴とする中空成形機のパリソンコントローラ。(別紙図面1、2参照。別紙図面1は特許査定時の図面、別紙図面2は本件訂正後の図1である。)

3  審決の理由

別紙審決書の理由の写しのとおり、①平成8年9月30日付けの手続補正(以下「本件補正」という。)は、明細書及び図面の要旨を変更するものではない、②本件訂正の請求は、特許法134条2項、及び同条5項で準用する126条2ないし4項(いずれも平成6年法律第116号による改正前のもの、以下同じ。)の規定に適合するので本件訂正は認められるべきである、③本件発明は、米国特許第3909183号明細書、西独特許公報第1629340号、ヨーロッパ特許明細書第265420B1、特開昭57-173436号公報、特開昭57-163032号公報、特開昭57-107754号公報に各記載の発明から当業者が容易に発明できた程度のものであるとはいえないと認定判断した。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由Ⅰは認める。同Ⅱは、2頁17行ないし3頁12行を認め、その余は争う。同Ⅲは、5頁7行ないし12行、6頁16行ないし7頁10行を認め、その余は争う。同Ⅳは、8頁2行ないし19頁5行、同頁13行ないし20頁1行の「一致し、」、20頁13行ないし21頁12行を認め、その余は争う。同Ⅴは争う。

審決は、本件補正について要旨変更の判断を誤り(取消事由1)、請求の趣旨の範囲を逸脱して審理し(取消事由2)、本件訂正が特許法に違反することを看過してこれを認め(取消事由3)、本件発明の進歩性の判断を誤ったものであって(取消事由4)、これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(本件補正についての要旨変更の判断の誤り)

審決は、本件発明の特許査定時の明細書及び図面(以下、これらをまとめて「査定時明細書」という。)の特許請求の範囲の「筒状空隙部(33)」について、ロッド7とクロスヘッド1の間の、ロッド7の上下方向への摺動を許容するに必要なだけの極めてわずかな隙間を意味すると認定し、上記認定に基づいて本件補正は明細書及び図面の要旨を変更するものではないと判断したが、誤りである。

査定時明細書の特許請求の範囲には「筒状空隙部(33)」として、上記摺動隙間といったものの限度を超えた、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部が必須の構成要素として含まれていたものと解釈する以外にないというべきである。

(1)  査定時明細書の特許請求の範囲には、「前記クロスヘッド(1)に設けられ前記コア(6)に接続されたロッド(7)と、前記ロッド(7)の全周囲部(7b)と前記クロスヘッド(1)の内壁(1b)とが直接対向することができる状態で形成された筒状空隙部(33)と、」との記載があり、単にロッド(7)がクロスヘッド(1)に対し上下に摺動可能であるにとどまらず、「空隙部」が「形成」されていることが積極的かつ明確に記載されている。したがって、「筒状空隙部(33)」を、ロッド(7)とクロスヘッド(1)との間の微小摺動隙間である、と限定的に解釈すべき特段の事情がない限りは、文字通り、何らかの意図的な空隙部、つまり摺動隙間以上のある程度の大きさを有する空間からなる空隙部が形成されていると解釈すべきである。

2つの部材が互いに摺動可能に嵌め合わされている場合、当然のことながら、微視的には、両者間にごくわずかな隙間が存在するが、これは、審決がいうように「拡大して」見なければ認識し得ない程度(通常、0.05mm~0.1mm程度)であり、摺動可能とするために不可避的に存在するものであって、積極的に「形成」された「空隙部」に該当しないことは明らかである。一般に、当業者の間では、この種の摺動面は、格別な空隙部を持たない実質的な接触面のように取り扱われ、図面上も、多くの場合、隙間を無視し、隙間のない1本の線でもって示されるのである。これは、例えば、ボルトと当該ボルトが挿入される貫通孔との関係などにおいても同様であり、ボルトと貫通孔との間には、微視的にはかならず径方向に隙間が存在するけれども、「空隙部を介してボルトを挿入する」という表現は一般になされない。したがって、特許請求の範囲の「直接対向することができる状態で形成された筒状空隙部(33)」は、この種の不可避的に存在する微小隙間ではなく、それ以上のもの、つまり、摺動のために必要な寸法よりも意図的に大きくした比較的大きな空間をいうものと解すべきである。

(2)  査定時明細書の図1においては、符号1bの引出し線で指示されるクロスヘッド1の内壁1bと符号7bの引出し線で指示されるロッド7の全周囲部7bとが大きく離れて描かれているとともに、両者間の広い空白部分が、筒状空隙部33として指示されている。そして、この図1の記載は、査定時明細書の【0015】項の「前記ロッド7の全周囲部7bと前記クロスヘッド1の内壁1bとが直接対向することができる状態、すなわち、その間に何らの障害物がない空間よりなる筒状空隙部33が形成され、」という記載と格別の矛盾なく整合している。特に、「その間に何らの障害物がない空間よりなる」との記載は、微小隙間ではなく「空間」であることが明記されているというべきである。もし、これが0.05mm~0.1mm程度の単なる摺動隙間を指すのであれば、前記の「その間に何らの障害物がない空間よりなる」旨の記載はあまりに不自然な表現である。このように、図面からも、「筒状空隙部(33)」が、ロッド(7)とクロスヘッド(1)との間の単なる微小摺動隙間ではなく、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部であることが明白である。

(3)  本件発明は、出願当初は、請求項1ないし3の3個の請求項を有していたが、これら請求項のいずれにも、進歩性がない旨の拒絶理由通知が発せられた。これに対し、出願人であった被告は、拒絶理由を回避するために、当初の請求項1及び3を削除するとともに、当初の請求項2に「筒状空隙部(33)」と「第1、第2空隙部(31,32)」の限定事項を付加して、新たな請求項1とする本件補正を行い、同時に、平成8年9月30日付け意見書を提出している。その中で、被告は、「この熱膨張による悪影響を避けるために、図1に開示されておりますように、ロッドの周囲、オスねじ部及びメスねじ部の周囲等に空隙を形成し、放熱を促進できるように構成したものであります。」(1頁27行ないし下から2行)、「そのために、本願では、前述のように、ロッド、オスねじ部、メスねじ部等の周囲に空隙を形成して熱の影響を避け、電動化した場合のコアの位置精度を維持するように構成したものであります。」(2頁末行ないし3頁4行)として、ロッドの周囲の空隙、すなわち「筒状空隙部(33)」の作用効果として、放熱作用ないしは断熱作用があることを明確に主張している。

本件発明は、上記作用効果の主張に基づいて進歩性が認められて、特許査定を受けたものである。

ところが、審決が認定したロッド7とクロスヘッド1との間の摺動隙間は、一般に、0.05mm~0.1mm程度の極めて微小なものにすぎず、実質的には、互いにがたつくことなく接触している状態といえるから、放熱作用や断熱作用は全く奏し得ない。したがって、当業者には、「筒状空隙部(33)」とは、ロッド(7)の外周面とクロスヘッド(1)の内壁(1b)とが互いに接触することなく離れていて、断熱もしくは冷却作用を有する十分な大きさの空間が存在しているものと、一義的に認識されるのである。

(4)  審決は、査定時明細書の【0014】項の「前記コア6は、前記クロスヘッド1の頂部1aを貫通して矢印Aで示す上下動のみ自在に設けられたロッド7に接続されており、」との記載をその認定の根拠の一つとしているが、上記記載は審決の認定の根拠になり得るものではない。査定時明細書においては、「前記ロッド7の全周囲部7bと前記クロスヘッド1の内壁1bとが直接対向することができる状態、すなわち、その間に何らの障害物がない空間よりなる筒状空隙部33が形成され、」という筒状空隙部33に関する説明は、前記【0014】項とは離れた【0015】項の後段にあり、両者は相互に独立したものとして説明されているからである。つまり、査定時明細書では、筒状空隙部33は、ロッド7が上下動自在であることとは別の、独立した構成要素として存在するものとされているのであって、両者の間にはつながりはないのである。

2  取消事由2(請求の趣旨の範囲を逸脱した審理)

審判長は、平成10年8月17日付けの特許無効理由通知書を、被告に訂正の機会を与えるためだけの目的で恣意的に発したものであり、これは、請求人である原告が申し立てた請求の趣旨の範囲を逸脱して審理したことになるから、違法である。

3  取消事由3(本件訂正を認めた誤り)

審決は、査定時明細書の特許請求の範囲の「筒状空隙部(33)」について、ロッド7とクロスヘッド1の間の、ロッド7の上下方向への摺動を許容するに必要なだけの空間であると認定し、上記認定に基づいて本件訂正を認めた。しかし、前記1のとおり、査定時明細書の特許請求の範囲の「筒状空隙部(33)」は、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部が必須の構成要素として含まれていたものであるから、審決の認定は、誤りである。

(1)  査定時明細書の図1には、確かに、やや不明りょうな点がある。しかし、それは、溶融樹脂4の流路に関してであって、筒状空隙部33に関してではない。クロスヘッド1の内壁1bとロッド7の全周囲部7bとを大きく引き離して、その間に、空間よりなる筒状空隙部33を設けるという技術的思想そのものは極めて明りょうに示されている。クロスヘッド1内における溶融樹脂の具体的な流路構造は、本件発明の必須の構成要素とはなっていないから、やや不明りょうな記載があったとしても、請求項の記載との関係からは、決して看過できないものではない。したがって、本件訂正は、明りょうでない記載の釈明には該当しないから、特許法134条2項に違反する。

(2)  本件訂正後の明細書及び図面(以下、これらをまとめて「訂正後明細書」という。)に記載されているのは、「筒状空隙部(33)はロッド(7)の上下方向の摺動を許容するに必要なだけの微小隙間である」という事項である。しかし、査定時明細書の特許請求の範囲には、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部が必須の構成要素として含まれていたものであるから、前記事項は、査定時明細書に記載した事項から一義的に導き出せる事項ではなく、これに記載した事項の範囲内のものではない。したがって、本件訂正は特許法134条2項に違反する。

(3)  査定時明細書の特許請求の範囲では、「筒状空隙部(33)」は、ある程度の広さを有する空間からなる必須の構成要素とされていた。これに対し、本件訂正後の特許請求の範囲では、「筒状空隙部(33)」は、ロッド(7)の上下方向の摺動を許容するに必要なだけの微小隙間を意味することになる。そして、このような微小摺動隙間は、ロッドが上下動するパリソンコントローラにおいては、微視的にみれば必ず存在するのであるから、本件訂正の結果、「筒状空隙部(33)」という構成要素が実質的に取り除かれたことになる。したがって、本件訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し又は変更したものであるから、特許法134条5項で準用する同法126条2項に違反する。

4  取消事由4(進歩性の判断の誤り)

審決は、特開昭57-173436号公報、特開昭57-163032号公報記載の発明の技術分野を誤認した結果、相違点についての判断を誤り、本件発明の進歩性の判断を誤ったものである。

第4被告の反論の要点

1  取消事由1(本件補正についての要旨変更の判断の誤り)について

(1)  本件補正前の明細書及び図面(以下、これらをまとめて「当初明細書」という。)には、【0013】項に「従来例と同一又は同等部分については同一符号を用いて説明する。」との記載があり、クロスヘッド1、頂部1a、ロッド7については、従来の中空成形機のパリソンコントローラを示す図2にも同一符号が付されているから、本件発明のクロスヘッド1等については、図2と同様の構成であると解され、筒状空隙部(33)は、ロッド7とクロスヘッド1との間の摺動隙間であると限定的に解釈されるべきである。そして、図2、図3が示す従来の中空成形機のパリソンコントローラでは、ロッド7の全周囲部とクロスヘッド1の内壁とが直接対向することができる状態、すなわち、その間に何らの障害物がない空間よりなる筒状空隙部が、摺動隙間として形成されている。本件補正は、この内壁に符号1bを付し、ロッド7の全周囲部に符号7bを付し、筒状空隙部に符号33を付して説明したにすぎない。

(2)  原告は、2つの部材が互いに摺動可能に嵌め合わされている場合に存在するわずかな隙間は、積極的に「形成」された「空隙部」に該当しないと主張する。

しかし、後記(3)の摺動隙間による熱の影響を避ける機能、すなわち、摺動隙間による断熱作用ないし冷却作用に着目すれば、2つの部材が互いに摺動可能に嵌め合わされている場合には、「空隙部」が積極的に「形成」されていることになる。

(3)  原告は、ロッド7とクロスヘッド1との間の摺動隙間について、断熱作用ないし冷却作用を奏しないと主張する。

しかし、中空成形機におけるコアを駆動する系は、溶融樹脂による熱のために熱膨張を起こしやすく、この影響が発生するとコアの位置制御に悪影響を与えることになる。査定時明細書の図1においては、押出機2からの高温の溶融樹脂4がクロスヘッド1の流路を通ることにより、熱膨張を起こしやすく、特にロッド7の全長が変化することにより、コア6の位置制御に悪影響を与えることになる。これに対し、摺動隙間からなる「筒状空隙部(33)」は、密着状態(隙間が零)の場合とは異なり、熱影響の抑制作用、つまり若干の断熱作用を奏することは明らかである。

このように、ロッド7とクロスヘッド1との間の摺動隙間は、断熱作用ないし冷却作用を奏するから、この作用がないことを前提とする原告の主張は誤りである。

(4)  原告は、「筒状空隙部(33)」について、単なる微小隙間ではないと主張する。仮に上記主張が、摺動隙間を①微小な摺動隙間、②通常の大きさの摺動隙間、③大きな摺動隙間等に分類するなら、「筒状空隙部(33)」は、上記①、②、③等のすべての大きさの摺動隙間を含むものである。

(5)  摺動隙間が形成されていることは、当初明細書から当業者にとって自明である。

2  取消事由2(請求の趣旨の範囲を逸脱した審理)については、争う。

3  取消事由3(本件訂正を認めた誤り)について

(1)  「筒状空隙部(33)」が摺動隙間の意味であると正しく把握したうえで、クロスヘッド1の形状構造について理解すると、査定時明細書の空隙部33の図示された領域は、図面上バランスが悪い。また、特許無効理由通知書の中で、図1の記載に関してクロスヘッド内の溶融樹脂がどのようにして同図のような位置に存在するのが理解できないと指摘されたとおり、溶融樹脂4の流路の構成が不明りょうである。本件訂正は、これらを明りょうにするものであるから、明りょうでない記載の釈明に該当する。

(2)  査定時明細書の【0015】項の「前記ロッド7の全周囲部7bと前記クロスヘッド1の内壁1bとが直接対向することができる状態、すなわち、その間に何らの障害物がない空間よりなる筒状空隙部33が形成され、」、【0014】項の「前記クロスヘッド1の頂部1aを貫通して矢印Aで示す上下動のみ自在に設けられたロッド7」、【0011】項の「なお、従来例と同一又は同等部分については同一符号を用いて説明する。」との記載を参照すれば、「筒状空隙部(33)」とは摺動隙間の意味であることが直接的かつ一義的に導き出せる。したがって、本件訂正に係る訂正事項は、査定時明細書に実質的に記載されていたものということができる。

(3)  前記のとおり、査定時明細書の「筒状空隙部(33)」は、摺動隙間のみを意味するのであるから、本件訂正は、実質的にも、特許請求の範囲を拡張し又は変更するものではない。

4  取消事由4(進歩性の判断の誤り)については、争う。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本件補正についての要旨変更の判断の誤り)について判断する。

(1)  査定時明細書の特許請求の範囲の「前記ロッド(7)の全周囲部(7b)と前記クロスヘッド(1)の内壁(1b)とが直接対向することができる状態で形成された筒状空隙部(33)」との記載のみでは、上記「筒状空隙部(33)」が、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部を意味するのか、ロッド7の上下方向への摺動を許容するに必要なだけの空間、すなわち摺動隙間を意味するのか、その技術的意義が一義的に明確ではない。

(2)  甲第19号証(本件特許公報)によれば、査定時明細書には、発明の詳細な説明の欄に「前記ロッド7の全周囲部7bと前記クロスヘッド1の内壁1bとが直接対向することができる状態、すなわち、その間に何らの障害物がない空間よりなる筒状空隙部33が形成され、」(3欄8行ないし12行)との記載とともに、図1において、筒状空隙部33として、ロッド7とクロスヘッド1の内壁1bとの間にあり、第1、第2空隙部よりも更に幅広に形成された空間が指示されていることが認められる。

(3)  甲第1(本件公開公報)、第20(平成8年9月30日付け意見書)、第21(本件補正に係る手続補正書)、第22号証(平成8年7月23日付け拒絶理由通知書)によれば、以下の事実が認められる。

ア 当初明細書の特許請求の範囲は、「【請求項1】 クロスヘッド(1)のダイ(3)の吐出口(5)に設けられたコア(6)を上下動させることにより、前記吐出口(5)から押出されるパリソン(12)の肉厚を変えるようにした中空成形機のパリソンコントローラにおいて、前記コア(6)は、モータ(22)を介して移動させるように構成したことを特徴とする中空成形機のパリソンコントローラ。 【請求項2】 前記クロスヘッド(1)に設けられ前記コア(6)に接続されたロッド(7)と、前記ロッド(7)の上部に形成されたメスねじ部(7a)と、前記メスねじ部(7a)に螺入されたオスねじ部(20Aa)を有する回転ロッド(20A)と、前記回転ロッド(20A)にスラストベアリング(20)を介して接続された減速機(21)と、前記減速機(21)に接続されたモータ(22)とを備えたことを特徴とする請求項1記載の中空成形機のパリソンコントローラ。 【請求項3】 前記モータ(22)は可変速形よりなり、制御部(11)を介してプログラム制御される構成としたことを特徴とする請求項1又は2記載の中空成形機のパリソンコントローラ。」というものであり、当初明細書には、第1、第2空隙部(31,32)、筒状空隙部(33)についての記載はなかった。

イ これに対して、上記各請求項に係る発明は、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした拒絶理由通知が発せられた。

ウ 被告は、これに対して、本件補正を行い、査定時明細書のとおりに補正した。第1、第2空隙部(31,32)、筒状空隙部(33)についての記載は、本件補正によって加えられたものである。被告は、本件補正と同日付けで意見書を提出し、「溶融樹脂の熱がロッドに伝導され、さらに、オスねじ部、メスねじ部等に伝導されるため、この熱による各部分が熱膨張を起こし、コアの微小な上下動により肉厚制御中のコアの動きに悪影響を与えることになります。この熱膨張による悪影響を避けるために、図1に開示されておりますように、ロッドの周囲、オスねじ部及びメスねじ部の周囲等に空隙を形成し、放熱を促進できるように構成したものであります。」(1頁25行ないし下から2行)、「そのために、本願では、前述のように、ロッド、オスねじ部、メスねじ部等の周囲に空隙を形成して熱の影響を避け、電動化した場合のコアの位置精度を維持するように構成したものであります。」(2頁末行ないし3頁4行)として、第1、第2空隙部(31,32)及び筒状空隙部(33)が、熱の影響を避けるために形成された空隙であり、放熱ないしは断熱の作用効果を奏することを主張した。

(4)  前記(2)、(3)認定の事実を参酌すれば、査定時明細書の特許請求の範囲の「筒状空隙部(33)」は、ロッド7の上下方向への摺動を許容するに必要なだけの空間、すなわち摺動隙間ではなく、摺動に必要な広さよりも更に広い、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部を意味するものと認められる。

すなわち、弁論の全趣旨によれば、ロッド7の上下方向への摺動を許容するに必要なだけの空間(摺動隙間)は、通常約0.05~0.1mm程度の隙間であることが認められるのに対し、査定時明細書の図1においては、「筒状空隙部(33)」が上記の程度の摺動隙間ではなく、それよりも更に広い、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部として図示されているのである。

一方、摺動隙間は、上記のようなわずかな隙間であるから、放熱ないしは断熱の作用効果を奏するとしてもわずかのものでしかないうえ、ロッド7が上下動する以上、当然に設けられるものであるから、ことさら「熱の影響を避けるために形成」されるものではない。また、摺動隙間は、当然に設けられるものであり、従来技術においても設けられてきたものである以上、これを設けたことは、いかなる意味においても、進歩性を認めるための根拠になるはずのないものである。ところが、被告は、本件発明を進歩性がないとする拒絶理由通知に対して、「筒状空隙部(33)」が、第1、第2空隙部(31,32、なお、第1、第2空隙部が摺動隙間ではなく、それよりも更に広い、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部であることは、図1から明らかである。)と同様、熱の影響を避けるために形成された空隙であり、放熱ないしは断熱の作用効果を奏するとして、これを本件発明に進歩性があることの根拠として主張し、本件発明は特許されたのであるから、「筒状空隙部(33)」は、単なる摺動隙間ではなく、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部を意味すると解するほかはない。そして、上記理解は、前記(2)認定の査定時明細書の記載、特に「その間に何らの障害物がない空間よりなる筒状空隙部33」として、その間に障害物が入るだけのスペース(空間)があることを示唆するかのような表現とも符合しているのである。

(5)  被告は、クロスヘッド1、頂部1a、ロッド7については、従来の中空成形機のパリソンコントローラを示す図2にも同一符号が付されているから、本件発明のクロスヘッド1等については、図2と同様の構成であると解され、「筒状空隙部(33)」は、ロッド7とクロスヘッド1との間の摺動隙間であると限定的に解釈されるべきであると主張する。しかし、クロスヘッド1の内壁1bも筒状空隙部33も、図2には全く指示されていないから、これらが従来の中空成形機のパリソンコントローラと同じ構成であると限定的に解釈されるべき理由はない。

被告は、摺動隙間は、密着状態(隙間が零)の場合とは異なり、熱影響の抑制作用、つまり若干の断熱作用を奏すると主張する。しかし、被告が平成8年9月30日付け意見書において「筒状空隙部(33)」を設けた目的及び作用効果として主張した内容からみれば、その際に作用効果として主張されたものは、摺動隙間であれば当然に奏する若干の断熱作用のことではなく、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部であって初めて奏することのできる、十分な断熱作用を意味すると解するほかはないことは、前記(4)の認定のとおりである。

被告は、査定時明細書の「前記クロスヘッド1の頂部1aを貫通して矢印Aで示す上下動のみ自在に設けられたロッド7」(2欄46行ないし48行)との記載を根拠として、筒状空隙部33が摺動隙間の意味であると主張する。しかし、上記記載は、筒状空隙部33についての説明である【0015】項の後半部分とは離れた【0014】項の記載であって、筒状空隙部33とは直ちに結びつかないうえ、筒状空隙部33がある程度の広さを有する空間からなる空隙部であることと矛盾するものではないから(筒状空隙部33がある程度の広さを有する空間からなる空隙部であっても、これと第2空隙部32の境界にはクロスヘッド1の頂部1aがあるため、これを貫通するロッド7は上下動のみ自在となると解される。)、被告の主張は、採用することができない。

(6)  査定時明細書の「筒状空隙部(33)」を摺動に必要な広さよりも更に広い、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部と解した場合、図1では、クロスヘッド1内において符号4で示される溶融樹脂が壁等で囲まれておらず、空間に露出しているかのように見えないこともない。しかし、溶融樹脂が壁等で囲まれておらず、空間に露出しているかのように見えないこともないのは、査定時明細書の図2の押出機2からクロスヘッド1に至る間の溶融樹脂についても、全く同様である。そして、本件発明の特許請求の範囲には、溶融樹脂の流路の構成に関する記載は一切なく、本件発明が溶融樹脂の流路を必須の構成要件とするものではないことは明らかであるから、願書添付図面の性質からすれば、当業者において、溶融樹脂の流路には何らかの壁面が備わっており、これが図面上省略されたにすぎないものと認識することは明らかである。したがって、上記図1の溶融樹脂についての記載は、査定時明細書の特許請求の範囲の「筒状空隙部(33)」についての前記認定を左右するに足りるものではない。

(7)  甲第1号証及び弁論の全趣旨によれば、当初明細書には、ロッドの全周囲部と前記クロスヘッドの内壁との間に、ロッド7の上下方向への摺動を許容するに必要なだけの空間、すなわち摺動隙間が存在することが自明であることが認められる。しかし、本件全証拠によっても、当初明細書に、ロッドの全周囲部と前記クロスヘッドの内壁との間に、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部の存在が記載されていたとも、その存在が自明であるとも認めることはできない。

なお、被告は、摺動隙間を①微小な摺動隙間、②通常の大きさの摺動隙間、③大きな摺動隙間等に分類するなら、「筒状空隙部(33)」は、上記①、②、③等のすべての大きさの摺動隙間を含むものであると主張する。しかし、摺動隙間とは、「摺るように動く」ための「隙間」という意味であるから、多少の広狭はあるとしても、前述の約0.05~0.1mm程度の隙間を指すものと解すべきであって、査定時明細書の図1において「筒状空隙部33」として指示されている箇所を「摺動隙間」ということはできない。被告の主張が、上記箇所のような、摺動に必要な広さよりも更に広い、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部も摺動隙間であり、それが当初明細書に記載されていたとする趣旨であれば、これを認めるに足りる証拠はない。

(8)  以上のとおり、本件補正によって加えられた査定時明細書の「筒状空隙部(33)」は、摺動に必要な広さよりも更に広い、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部としかみられないものであって、当初明細書には記載されておらず、当初明細書から自明ということもできないから、これを発明の必須の構成要件とすることは、当初明細書の要旨を変更するものである。これが要旨の変更ではないとした審決の認定は、誤りというほかはない。なお、査定時明細書に対しては、本件訂正の請求がされているが、本件訂正が認められないことは後記2のとおりである。

2  取消事由3(本件訂正を認めた誤り)について

甲第15号証(本件訂正請求書)によれば、本件訂正により、訂正後明細書には、「筒状空隙部(33)」として、ロッド7の上下方向への摺動を許容するに必要なだけの空間が記載され、その特許請求の範囲の「筒状空隙部(33)」も、ロッド7の上下方向への摺動を許容するに必要なだけの空間であったことが認められる。

一方、査定時明細書には、「筒状空隙部(33)」が記載されていたものの、それは、ロッド7の上下方向への摺動を許容するに必要なだけの空間ではなく、摺動に必要な広さよりも更に広い、ある程度の広さを有する空間からなる空隙部であり、その特許請求の範囲の「筒状空隙部(33)」も、これを意味するものであったことは、前記1認定のとおりである。そして、本件全証拠によっても、査定時明細書に、ロッド7の上下方向への摺動を許容するに必要なだけの空間(摺動隙間)が記載されていたと認めることはできない。

そうすると、本件訂正は、願書に添付した明細書及び図面に記載された範囲内のものではなく、また、特許請求の範囲を実質的に拡張又は変更するものであるから、特許法134条2項、及び同条5項で準用する126条2項に違反するというべきである。本件訂正を認めた審決の認定判断は誤りである。

3  以上のとおり、その余について判断するまでもなく、審決取消事由1及び3に係る審決の認定判断は誤りであって、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

第6よって、原告の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山下和明 裁判官 山田知司 裁判官 阿部正幸)

<以下省略>

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